井戸の中

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僕は生まれた時から穴の中にいる。 その穴は深く、垂直に壁が伸び、断崖絶壁。 登ろうにも登れない程だ。さらには異常なまでの湿度が欝陶しい。まるで井戸の中だ。 食糧と言えば雑草と、穴に横に通った洞穴の小魚のみ。飲み水は雨。 家族はいる。 母と姉、それに弟二人に妹二人。 父は絶壁を登ろうとして足を踏み外し、崖から落ちて身体を叩きつけられ動かなくなった。 その父は数日間後には腐臭がし、さらに一ヶ月もたてば虫達に身体を喰われ、骨と化してしまった。 ふと、僕はかつて父だった骨を壁に突き刺してみた。 壁は土だった為、驚く程簡単に突き刺さり、さらには頑丈に壁に刺さる。 僕くらいが乗っても支障はないだろう。 もしかしたら骨を壁に刺してそれを辿って登れば登りきれるかもしれない。 そうだ。 後六人程の骨があれば事足りる。 そうだ。 あいつらを使ってやろう。 どうせ食糧を食いつぶすだけの役立たずだったのだ。僕の役に立たせてやろう。 僕がこの中では一番だ。 僕が全てだ。 外の世界はどうなってるんだろうな? そして僕は行動を取った。あいつらを殺す道具ならここにある。役に立たなかった父だった骨だ。 刺さりは悪いが殺せない事はない。殺した後は少し肉を食べてみよう。旨そうだから。 ああ……アア……嗚呼!あいつらが泣き喚いていやがる。 手に残る生温い血も何故か心地いい。 殺したっていいんだ。 だって僕は神なんだから。 あいつらを殺した後、骨を集めて足場を作った。 少しずつ、少しずつ登っていく。 さあ、もう少しだ。 もう少しで外の世界だ。 僕だけの世界だ! 登りきった僕を迎えたのはさらに広い、さらに深い穴の存在だった。 さっき僕がいた穴よりでかい穴。空がまだ小さく見える。 そうか……そうだったのか。 「井の中の蛙、って事か、僕は」 そして僕の胸に鋭く尖った石が突き刺さった。 振り向くと男がいた。そしてその男はこう言った。 「道具みーつけた」 男は嫌らしく笑い、僕は地面に崩れ落ちた。
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