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さ迷う大人たちは言う。
あの店のコーヒーは濃くて苦いコーヒーだと。
ニコニコ笑いながら優しい顔をして語る。
「そんな不味いコーヒー、飲みに行かなくていいじゃないか」
そう言うと必ず大人はこう言った。
「いいえ。美味しいのよ」
まさか自分が大人になってからこの店に来ようとは、夢にも思わなかった。
辿り着いたのがこの店だった。
迷ってはみたが、コーヒーを頼んだ。
なんて苦いコーヒーだろう。
こんなものは飲んだことがない。
店主はニコニコしながら私を見ている。
もう一口飲んでみるがやはり苦い。
『苦いかい?』
店主はニコニコしながら話しかけてくる。
「ええ、とても。濃くて苦いわ」
店主は言う。
『君の悩みとどっちが苦いかい?』
「え?」
『君の辛さの深さと比べたら、どっちが濃いかい?』
私は黙り、もう一口。
苦くて濃くて、けれど、温かい。
『投げ出したくなるかい?』
じっくり、じっくり飲んで行く。
「私は、投げ出したりなんてしないわ」
最後の一口を飲み干す。
温かくなった体に熱く伝うのは、涙だ。
『もう君は大丈夫だ』
濃くて苦い。けれど確かに、美味しいコーヒーだった。
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