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バットを引くことも出来ず、バントのまま空振り。
ファールはある程度想像していたレックスだが、まさか空振りとは。
慌てて頭から一塁へ滑り込む。
「何だ？ 今のは……」
カーターは自分の見たものが信じられなかった。
これまで速球と確信して出したバットが、予想を外れた変化球に空を切ったこと、外への変化球を続けられ突然の内角への変化に目が追い付かなかったことはあった。
こうした苦い経験は一度や二度ではない。
メジャーリーグを代表するスター選手カーターだが、数多の栄光の裏には同程度の失敗がある。
その失敗を糧とするから、スター選手は初心を忘れない。
その数多の失敗のどれと重ね合わせても、
『速球をバントの構えでじっくり見たが見失った』
のは、幼少時代に格上の上級生投手を相手にしたのを除けば、初めての経験だ。
一番カーターを混乱させたのは、大庭がボールを受けた位置――コースだ。
内角高め。
一般的に右対左、左対右の勝負では打者が有利だ。
理由は非常に単純で、リリースポイントから球筋までハッキリと見ることが出来るから。
つまり、サウスポーの湊の投げる球は右打者のカーターからは見極めやすい。
本来なら内角高めの球は顔面へ迫ってくるイメージが高いので考えるよりも先に体が――主に恐怖心や防衛本能で反射的に動く。
最もバントするのが難しいコースでもあるので、バントを狙っていた自分がこのコースを想定していなかったはずない。
球種とコースの両方が分かっていたのに、完全にこれを見失った。
体が反応する隙も無しだ。
湊一成。
お前は今、何を投げているんだ？
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