第四章「始まりの出会い」

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投手から野手転向はよくある話だが、その逆は極端に少なく、大成した例も限りなく0に近い。 野球を知っているからこそ分かる。それがどれだけ無謀なのかを。 気付くと、ベッドの上で井原の試合を見ていた。 聞くと、井原はコンバートを決めた年に奥さんを病気で亡くしていたらしい。 妻の死を必死に忘れようと無茶な挑戦をしているのだと。 気付いた時、桜子は手紙を書いていた。 有名選手には何通も送られてくるファンレターの一つ。 読んでくれないかもしれない。 そんな諦め半分で書いた手紙。 まさか返事が来るとは思っていなかった。 返事にはこう書いてあった。 『忘れる為に挑戦したのではなく、忘れない為の挑戦。生前、「マスクばかり被って、折角の顔が見えない。もっと顔が見えるように野球をして欲しかった」と冗談混じりに言われたのがきっかけ』 と。 つまり、奥さんの冗談を本当にやってしまったという事だ。 可笑しな人だ。 大怪我も、愛する人との死別も、困難さえも彼はあっさりと克服している。 手紙の最後にはこう書かれていた。 『俺は頑張れとは言わない。もう何年も病気と戦い続けている君に頑張れとは言わない。君は君のベストを尽くせ』 この言葉は、この数年間で一番突き放したエールだ。 一番突き放したエールなのに、一番心に響いた。 そして二人の文通が始まった。
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