第四章「始まりの出会い」

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文通が始まったのとほぼ同じ頃、ペナントレースが始まった。 井原は初の開幕投手を任される。 そして、自身初のサヨナラホームランを打たれる。 テレビ等では淡々としていたが、手紙では逆だった。 『初のサヨナラホームランが開幕戦なんて投手、俺以外きっといないよね? 歴史に名が残ったよ。監督が、「振りでいいから悔しそうにしていろ」って言っているので淡々としているけど、本心はウキウキしてるよ』 井原らしいと桜子は思った。 そんな陽気な内容の文通が続き、オフの日に病室を訪れたりもした。 桜子は日本人形を思わせる色白で、かなり、細身だった。 そして、シーズンも終盤になった頃、桜子が10月1日に二十歳になる事。その前日に臓器移植の手術を受けることを告白される。 手術の日は井原の登板予定日。 大人になる御祝いに、ウイニングボールをプレゼントすると約束した。 手術開始は14時。 試合開始は18時。 試合が終わる頃には手術も終わっているはず。 明日はオフだから試合が終わったら病院にボールを届けよう。 そう気楽に考えていた。 そして試合開始。 井原は投手転向してから、初めて本気で勝ちを意識して投げていた。 今日だけは絶対に負けられない。 0行進を続ける井原だが、こちらも0行進。相手の先発は最多勝争いでトップタイ。負けられない気持ちは向こうも同じだ。 試合は消化試合とは思えない投手戦となり、11回までお互い0点。 試合は12回を投げ抜き、引き分けとなった。 ウイニングボールをプレゼントとはならなかったが、引き分け記念ボールも中々手に入る代物ではない。 予定よりもやや遅れて病院を訪れた井原が見たのは、 白い布を顔にかけられ、冷たくなった桜子の姿だった。 『ベストを尽くせ』 そう書かれたサインボールが、力の抜けた井原の手から落ちた。 ボールの転がる音を、初めてはっきりと聞いた。  
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