粛正

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 そう、確かに見逃さなかった。  確かに銃口を見ていたんだ。 (なんだ? そんな所、当たる訳がない)  だからこそ、驕っていた。  自分は素人なのに騎士を倒せる、自分は強いのだと……戦場では決してしてはいけない驕り。  それが判断力を鈍らせ、余裕が決断力を欠く。  強い者が陥りやすい、戦場での罠。  例に漏れず、最初から強さを発揮したリギトにも、その罠はやってきた。  ――銃声。  掠りもしない。  ――銃声。  少し当たりそうだったので、体を横に捌いて避けた。  ――銃声。  屈んで避け、既に間合いに入っていたリギトは白刃を煌めかせ銃を弾き飛ばす。  そして翻した剣を横に一閃。  後退して相手の首から吹き上がる血飛沫を避け、母の下に戻った。 「おふ……!」  ――愕然とする。 「リギ、ト……」  息も絶え絶えに言う母の体は、赤く染まっていた。 「私、は……いいから、逃げ……なさい……」  腹部を押さえ、必死に声を出す。  リギトは、そんな母を見て膝をついた。 (俺が……避けた弾……?)  そう、最初からリギトを狙ってなどいなかった。騎士は少しでも多くの住民を消そうと判断したのだ。  その結果、強い者に抵抗せず弱者を殺そうとした。それだけ。 「お袋、ごめん……ごめん……!」 「いい、のよ……多分、先に逝ってるお父さんと、向こうで……楽しく、やるから……」 「……ごめん」  父親に、任せたと言われた。でも、出来なかった。  この傷では恐らく助からない。 「お父さんに……聞いた?」  その言葉に、床に寝かせたくはないと思い抱き上げて頷いた。 (軽い……)  自分の母が、まるで作り物のように軽かった事に驚く。 「傭兵……だったんだよな?」 「そう、ね……お金が貰えるなら、なん、でも……やったわ。時には、街に被害を与える魔物を、駆除したり、したし……」  一度言葉を止め、母は苦笑した。 「お金が入る、なら……人殺しも、やったわ」 「な……嘘だ、ろ……」  今、腕の中にいる母の顔はどう見たって人など殺せなさそうに穏やかで……虫が出ただけで逃げ回っては騒いでいた母だったから――。  そう思い返すと、もうその光景は見られないんだな、とやけに現実味が増してきて――リギトは目に溜まるものを堪えた。
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