粛正

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 瞬間、瞬間の斬戟が、鼓膜を震わせる程の振動を生み、風を巻き起こす。  その斬戟を受ける剣は悲鳴を上げる。  小気味よい金属音から、鈍い耳障りな金属音へと変わってゆく。  指揮官は驚愕していた。 (なんだ……なんだこいつは!)  ワイズも確かにかなりの実力者であり、戦闘技術はこの指揮官とさほど変わりはない。  ただ、普段から戦場に立つ騎士。見張り見回りが主な衛兵。  それが体力の違いを生み出し、勝負を決めただけ。  だからこそ指揮官は冷静に対処できた。  だが、この少年はなんだ?  衛兵や騎士以上に、ただの少年が体力をつけられるものなのか?  この力仕事も知らないような細腕で、どうやってこれだけの力を発揮している?  剣を握った場数も自分よりは少ない筈なのに、この無駄のない動きと速さはなんなんだ?  指揮官は恐怖した……化け物、と……。  どのような者にも食う者がいて、食われる者がいる。  ワイズは兎で、指揮官は狼。  そして彼は……獅子だった。  他の追従を許さぬ王は、本来ならば寝ている筈だったのだ。  睡眠の邪魔をされ、起きた王の前では殺されてゆく家族と民。  王は……国を敵と認めた。  彼の目を見て指揮官は悪寒を感じる。  これはいつか国に仇を為す、そう直感が告げた。  ここで摘み取るべきだと、国に誓った忠誠心が告げる中で微かに……微かにだが、彼個人の感情が告げたのだ。  自分は、もう……王に狙われては、もう……助からない、と――。  その絶望を感じている間にも戦闘は続く。  勝ち目も見えない、ただ寿命を延ばす為に攻撃を防ぐだけの戦闘。  軍人になって、こんな屈辱も、こんな恐怖も、こんな絶望感も初めてだった。  一体、これはいつになれば終わるんだ?  実力があればあるだけ、体は勝手に攻撃を防ぎ恐怖を延長させる。  目の前には化け物を恐怖に陥れる更なる化け物。  目は怒りの感情一つで、余計な事は何も考えていない。  ――獲物を仕留める。  ただ、それだけ。  酷く純粋で、酷く獣じみていて、酷く怖かった。  そう、リギトはそれだけの才能があった。  本来ならば最初の一太刀で指揮官の首を落とせたのだ。  甲冑もつけていない相手など、リギトに取っては紙も同然。  だが、それが出来ずにいた。  理由は、ただ一つ。 (生け捕りだ……!)
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