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「助けてくれ!」
――今にして思えば、なんて馬鹿だったんだろう。
フォルトは何も考えず『町民を守る仕事』だからと、衛兵の詰め所に駆け込んだ。
これが、街を地獄にするとも知らずに……。
「どうした?」
衛兵の一人が立ち上がり、フォルトの所までくる。
まだ若い方で、三十路前の不精髭を生やした男――街では、ちょっとした有名人だった。
「助けてくれよ、ワイズ!」
「おいおい、まずは落ち着けって……ほら」
言ってワイズは自分が飲んでいたカップを差し出す。
フォルトはそれを見て急激な喉の渇きを覚え、受け取って飲んだ。
あんな状況で、更に走って喉が渇かないわけがなかった。
だが……
「ぶっ! ゲホゲホッ! 苦ぁ!」
「アハハハハハ!」
渡した本人は珈琲に咳き込む少年を見てなんとも楽しそうだ。
「まだ早かったなぁ、オイ」
「勘弁してくれよ、こんな時に!」
「悪い悪い。で、なんだった?」
ワイズは他の衛兵に比べると随分と街の者達と親しい。
屋根の修理やらペットの散歩やら、雑用をやらされているのをよく見るが本人は至って喜んでやっている事から人柄も見て取れる。
その反面、色んな店にツケがあったりもするが……ご愛嬌といった所だろう。
だからフォルトのような子供達とも仲がよかった。
「粛正が……俺の家が粛正に選ばれちまったんだ……ッ!」
「――――!」
詰め所にいた全員が息を呑み、フォルトを睨む。
当たり前だ。
衛兵は街に滞在してはいるが、国関係の人間。騎士ほど位は高くないが、粛正を正当化する側だ。
だが、皆の視線にフォルトが怯える中でワイズは頭を掻きながらいつも通りの、やる気のなさそうな顔で言った。
「そりゃまずいなー……しばらくこの詰め所に隠れてけよ。まさか詰め所に隠れてるなんて思わねえだろ」
「ワイズ!」
衛兵の一人が窘めるように言う。
「……なんスか、先輩?」
どうやらワイズの先輩のようだ。
「お前、どういう事か分かってるのか? 反逆だぞ!」
ワイズはそれに対してへらへらと笑いながら手をぷらぷらと力無く振った。
「やだなぁ、国には逆らってないッスよ。フォルトはここに隠れてたけど、気付かなかった……」
そこまで言うと、ワイズは鋭い視線を先輩に向けた。
「――それだけの事ッスよ」
誰も、何も……言えなかった。
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