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結局、ワイズは誰にも何も言わせずフォルトを詰め所の奥に隠した。
近くには裏口があり、いつでも逃げられる。
フォルトはクローゼットの中で必死に口と鼻を押さえていた。
息を殺す為だけじゃない。
ワイズがフォルトを隠す為に大量の服を被せたのだが、それがよくなかった。
(く、臭ぇ……っ)
衛兵なんて真夏でも外で立ってなきゃいけないし、休みなんて殆どない。
長年に渡って染み込んだ汗などの臭いは数回洗ったって落ちるものではないのだ。
(クラクラしてきたぞ……っ)
しかし外に出て新鮮な空気を吸おうものならば粛正される。
逃げ場はなかった。
少しすると、複数足音が聞こえてくる。
「フォルト=リーゲインスという子供を捜している。奴は粛正に選ばれた、探索に協力しろ」
(あの騎士だ……!)
あの威圧するような口調と声は、さっき聞いたばかりだ。忘れられる筈がない。
「了解致しました!」
衛兵達の声がし、そして大勢の足音が去ってゆく。
(……助かった?)
だが、暫くは安心できない。ひとまず、ワイズが戻って来るまで息を潜めていよう……。
「こちらです!」
(なんだっ?)
外から聞こえた言葉に心臓が跳ねる。
まさか、まさかまさかまさか……そればかりが頭を過ぎる。不安に駆られている時には、より不安な事しか浮かんでこない。
「ご苦労」
クローゼットを前にして、あの騎士が報告をした衛兵に告げる。
「は、はい」
その衛兵は、先程ワイズを窘めた者だった。
腰を低く保ち、相手の様子を伺う。
そして思うのだ。
――これで、少なくとも自分だけは助かる、と。
だが、今の世界には常識もそんな甘い考えも通用などしないのだ。
銃声が響く。
「え……?」
衛兵は撃ち抜かれ血の滲む腹を見下ろし、崩れた。
「……立派な反逆精神だ」
自分は乗り気じゃなかった、そんな弁解は通用しない。
騎士は背後に控える甲冑を着た者に告げる。
「街を制圧しろ。民に正しい道を示す筈の衛兵がこれだ……この街は、粛正する」
(なんだって……?)
「この街は危険分子だ、一人も残すな」
――地獄が、始まった。
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