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歯槽膿漏。
歯周病より、遥かに怖い印象を受けるのは私だけでしょうか。
歯周病になり、初めて訪れた赤井歯科(仮名)。
小綺麗で田舎にしては珍しい規模の大きな(といっても診察台が5台)赤井歯科なら、間違って歯を抜くようなヤブ医者では無いだろう、きっと良いに違いないと勝手な思い込みで訪れた歯医者でした。
検査を終えると治療台に寝かせた私に歯周病のアニメを見せてくれました。
ずらりと並んだ治療台の奥で、鑑賞しながら私は歯周病の基礎知識をぼんやりと理解しました。
アニメが終わると、先生が登場します。
年は中年、汚れた白衣が今日の患者たちとの格闘を物語っていました。
その白衣には、血がにじんでいます。
先生は次のようなことを学者風な語り口で説明しました。
歯周病菌が暴走族のような勢いで、歯の骨の随まで到達し、このままでは歯は沈没しかけのタイタニック号のように動揺し、やがて抜け落ちる。
やがて抜け落ちる。
その言葉は私に、お前はもう死んでいると告げているかのようでした。
先生は歯科医として、ごく普通の表現で歯周病を説明したのですが、私には死刑宣告のように感じられました。
歯磨きの大切さを訴える先生に、私は質問しました。
「電動歯ブラシは良くないですか?」
マスクをした先生の口元がニヤリと笑った気がしました。
鋭く切れあがった先生の目はとても冷たく、爬虫類を思わせましたが、医者特有の冷静とも受け取られ、私は先生を信じられるような、信じられないような、不確かな気持になりました。
「電動歯ブラシねえ…手磨きが一番いいよ」
彼の中では電動歯ブラシは旧石器時代、手動で磨く歯ブラシは現代と位置付けられているようでした。
電動歯ブラシでは手で磨くのに比べ、歯垢が落としきれないというのです。
私は先生の冷酷さを名医の醸す自信、風格と勘違いしていました。
よくいえば真面目で素直な性格、悪く言えば頑固でだまされやすい性格の私は、先生の言葉をうのみにし、歯周病菌の暴走に拍車をかけることとなったのです。
ハミガキオタクという、長い長い回り道を私は歩むこととなりました。
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