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午後三時十二分。家には誰もいない。父は会社、母は夕飯の買い物だ。
慎一は、背負っていたランドセルをソファーの上に下ろすと、家中のカーテンを閉め、昨日台所からくすねておいた軍手をはめて、作業を開始した。
まずはリビングからだ。
タンスの中身をかたっぱしから床へ放り投げる。ハンカチや化粧道具、父が趣味で集めている切手シートなどが、次々と床の上に散らばっていく。
「これでいいはずだよね」
床は物でいっぱいになっている。どこからどう見ても空き巣に入られたようにしか見えない。
慎一は台所の引き出しをわずかに開けると、仏間へ向かった。
真新しい畳の匂いに酔いそうになる。慎一はこの匂いが大の苦手なのだ。
鼻を摘まみながら、仏壇の引き出しを開けて、中から蛇革の長財布を取り出す。中には十万円が入っている。
慎一はそこから五万円を抜き出すと、財布を畳の上に落とし、仏壇に向かってお辞儀をしてから、二階へ音を立てないように上がった。
いつ母が買い物から帰ってくるか分からない。
どきどきしながら、慎一は自分の部屋へ向かった。
ドアを開けて中を確認してみる。
「この部屋はどう見ても子供部屋にしか見えないな」
空き巣になったつもりで呟くと、ドアを開けたまま、最後の部屋へ向かう。ここが一番重要なところ、両親の寝室だ。
ここは、三日前から窓の鍵が壊れている。近々もっと丈夫な鍵に取り替えようと両親が話していた。
それを知っていたからこそ、空き巣の真似事なんかをやっているのだ。
普段ならこんなこと、思いついても怖くて出来ない。
慎一は窓を開けて、もう一度閉めた。
カーテンが間にはさまるのを確認してから、クローゼットを開けて、ベッド脇の小さなタンスの中から物を出した。
大事な通帳と実印はベッドについた収納スペースに入っていることを慎一は知っている。
だが、空き巣がそこに気づいてしまうと、通帳まで盗まなくてはならない。だからそこは何もしなくていい。
空き巣としての作業は全て終了した。慎一は軍手を外し、リビングへ下りた。
軍手を台所に戻すと、電話の前に立つ。
「最後の仕上げだね……」
慎一は受話器を持ち上げ、緊張で震える指で、母の携帯電話の番号を押す。
耳元でコール音が鳴り出すと、自然と肩が強張った。
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