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それが矢野さんへもの冒涜になると知りながら。
『玲……君?』
あの日の情景が、僕の記憶の中から蘇る。
ジッと考え込む僕を、矢野さんが心配そうに覗きこんでいた。
「……僕は」
「ごめんね!」
答えようとした僕の言葉を遮ぎるようにそう言って。
彼女の方を見れば何かに耐えるように唇を噛みしめていた。
胸の奥が締め付けられるように痛かった。
「大切な人がいるって、玲君いってたもんね。 私、馬鹿みたい。 こんなこと言って玲君のこと困らせるだけなのに」
耐えきれなくなった雫が彼女の大きな瞳から次第に溢れだして。
気がつけば僕の腕の中には彼女がいて「ごめんね」と、何度も言いながら矢野さんは僕の胸で泣いていた。
帰る間際、今日のことは忘れて欲しいと彼女は言った。
できれば友達でいてほしいのだと。
僕はただそれに無言で頷いた。
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