序章 発端

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 漆黒の闇に包まれる闇夜のとある町の外れ。そこには誰も立ち入らない、鬱蒼と木々が生い茂る森があった。  その森の中心には、自然のものではなく人の手によって建てられた、その場にはとても不自然なビルがひとつ建っている。  そして、そのビルの裏口から抜け出す人影がひとつ――否、ふたつあった。  ひとつは闇と同じ漆黒のマントに身を包み、口はマントと同色の布で覆っている男だ。頭髪は闇の中では目立つ銀色で、後ろへ流すように逆立てており、闇夜の道を見極めるために細められた双眸に潜む赤い瞳からは、多少の安堵が見て取れる。  もうひとつの人影は、その男の腕に抱えられた赤子だ。衣服は纏わず、シルクに包まれている。海を連想させる瞳が潜む双眸は、男とは違い、笑顔のために細められていた。一対の細い腕は男の顔目掛けて伸ばされている。  闇夜の静寂の中、赤子の笑い声だけが響く。  男は足音もなく、木々をかい潜りながら駆けてビルから離れる。  男はある程度距離をとると、マントの内側から、遠くにいる相手と会話や手紙のやり取りをできる、携帯電話と呼ばれる小型の機械を取り出した。  そして赤子を片腕だけで抱き直すと、慣れた手つきで番号を入力し、携帯電話を耳に当てる。 「もしもし」  男は極力押し殺した声で、呟くように言った。
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