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『はいはーい。どなた?』
携帯電話を通して聞こえてきたのは、少し間の抜けた女性の声だった。
携帯電話ごしでもわかるほど透き通った綺麗な声は、聞くだけで疲れが癒されるかもしれない。
「ソウルだよ。いい加減登録してくれないかな」
「あっはは。ごめんねー」
まったく反省の色が見えない口調で謝る女性に、男――ソウルは小さく溜息を吐く。
だが、次の瞬間には真剣な顔に戻った。
――否、戻らざるをえなかった。
『で、どうだった?』
先程までとはまったく違う、鋭さのある声。この声を聞けば、誰もが真剣にならざるをえないに違いない。
「無事保護した。奴らにも気付かれてない」
『……ふぅ。ご苦労様。報酬は学食三日分ね』
女性の真剣な言葉は一言だけだったらしい。
ソウルから返答が返ってくると、すでに口調は元に戻っていた。
「危険の割には合わない気が――」
『気のせい気のせい。気にしたら負けだよ』
ソウルは頭痛でもしたのか、携帯電話を耳から離し額に当て、細く長い溜息を吐いた。
『で、子供はどう?』
女性がからかうように言うのと、赤子の小さな手が勢いよくソウルの口に突っ込まれたのは、ほぼ同時だった。
ソウルは眉間に皺(しわ)を寄せながら、赤子の手を口から引き抜く。
『むかつくくらい元気な男の子だよ』
「あはは。ソウルに赤ん坊は難しかったよね」
女性の口調に馬鹿にした響きはないが、どうしても馬鹿にされたと感じるらしい。ソウルのこめかみが小さく痙攣を始めた。
『まあいいや。気をつけて帰ってきてね』
「帰ったら覚えてろよ」
ソウルは携帯電話を睨みつけてから電源を落とした。
赤子は未だに笑い続けている。
「だから嫌だったんだ……」
最後にそう言い残し、ソウルは森を駆け闇に紛れていった。
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