序章

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 大阪市内にある出版社・コスモ出版は、朝から電話応対に追われていた。  毎度のこととはいえ、柚木雪夜の新刊発売日は狂気の沙汰である。 「駒、そろそろ柚木先生のところ行って来い。今回も絶好調。次回作もよろしくお願いしますってな!」 「了解~」  上司の命令を受け、駒形哲也はすぐにジャケットに手を伸ばした。  柚木雪夜の新刊が出た日は、増刷依頼の電話が終日かかってくる。更に早くも読了した読者からの感想メールや電話にも追われる。  このイベントとも言うべき日をいち早く抜け出せるのが、柚木の担当・駒形なのだ。  柚木が作家デビューした時からの担当で、人嫌いの柚木が口をきく数少ない人間のひとりとして社内では名高い。 「何か買って行ったがいいかな…でもなぁ、人が持ってったモンは基本的に受け付けない奴だし…。あ、そうか。小夜子ちゃんに買ってけばいいんだ」  駒形はポンと手を打ち、デパートの地下でケーキを買って行くことにした。 「…まぁしかし何度来てもいつ来ても緊張する家だな…」  屋敷と呼ぶに相応しい豪邸の門の前に駒形は立っていた。表札には『柚木』の文字。水を打ったように静かな空気を突き破り、チャイムが鳴る。 『はい?どちらさまでしょうか?』  優しく若い女性の声が聞こえてホッとする。 「コスモ出版の、駒形です!」 『門は開いてますわよ。お入りくださいな』 「はいっ」  ギギ…という音をたてながら門を開ける。自分が通れるスペースだけを開けて入り、また音をたてて閉める。 「いらっしゃい、駒形さん」  振り返れば玄関先に、和服姿の可憐な女性。駒形はにっこり笑い、玄関へと向かった。
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