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俺は漠然と違和感を覚えた。だから、思わず二度見した。
「…ん?」
あれはなんだろう…。白いものが見える。しかもゆっくりゆっくり、その川原の方へ向かっているように見える。
俺は目を凝らしてそれをじっと見つめた。
月明かりを浴びて、そこに白いものがぼんやりと浮き上がっているように見えた。
「…猫?」
はっきりと見えるわけではなかったが、妙にその白いものがとても綺麗に見えた。なぜだろう。
その桜木の幹の深い茶色と、得体の知れない輝く白い色。
月明かりと川原の闇。
まるで絵のようだった。
──その中に入りたい。
俺はそう思った。
一度気になると、気持ちを抑えることはできなかった。仕事の方はそっちのけだ。
もともと、自分で仕事量を増やしているところがあるのは自覚していたから、今日やらねばならないという仕事ではない。
もう今日は帰ることにしよう、と自分に言い聞かせるようにして、ざっと後片付けをし、さっさと職員室を後にした。
職員室を出たとたん俺は走り出した。『廊下は走るな!』と普段、生徒たちに注意しているくせに。
そう思ったら自然と笑みがこぼれた。
息を切らして、俺はその白いもののほうに向かった。それはだんだんと姿をはっきりさせていく。
やっぱり猫だった。
猫に近づくにつれて、足がだんだんと速度を落とす。それと反比例するように、徐々に俺の顔が腑抜けていっているにちがいない。
俺の足がぴたりと止まった時、俺の思考もぴたりと止まった。
次の瞬間、猫は堤防から川原の方へ駆け降りてその大きな桜の木の下へと向かっていってしまった。でも、俺には猫を目で追う余裕はなかった。
堤防より低い位置にある木の根元のあたりは、見えていなかった。だから、気がつかなかったんだ。
「あ、猫だ~! かわいい~」
そう言って、屈託のない笑顔で猫に手をふる女の子の姿がそこにあった。
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