1925人が本棚に入れています
本棚に追加
/211ページ
「なぁ鴉」
意地悪なその瞳は麟を射抜く。
拒否の言葉は許されないのだと頭より身体が早く理解した。
「別に手前ぇは長州に入れ込んでるわけじゃあ、ねんだろ?」
キセルから煙がぷかぷか。
麟は返答の言葉を探すが、すぐには出てこない。
高杉も、桂も、稔麿も、大事な人だ。…だった。言葉には変えられないくらい。
しかし、じゃあ奴らについて新撰組と敵対したいかと聞かれても、嘘でもうんとは言えない。
(稔麿…)
吉田、死んだよ、と静かに麟に伝えたのは藤堂だった。
誰も死んで欲しくない、高杉達も新撰組も好きだという麟の気持ちを誰よりよく知っていた藤堂は、だからこそ自分からその役を買って出たのだ。
麟もそれを分かっていた。
だから藤堂にそう言われた時、眼球から這い出ようと躍起になっている涙も何とか押し留めて、そう、とだけ答えた。
「手前ぇは全く…辻斬りから始まって、芹沢さんン時にゃあ単身飛び込んできて、挙句捕縛されりゃあ抜け出して…どこの忍かと思えば蓋を開けて吃驚だ。正真正銘、ただの女なんだもんなぁ」
土方は苦笑しながら、池田屋の夜を思い出していた。
あの夜、麟が負傷をしたと聞いて自分は、確かに動揺した。
―――そいつのくだらねぇ命で隊士の命が助かったってんなら、今回の件は不問にする。
そう山崎に言い放ったのは自分だが、それが本心だったかと聞かれると、正直何とも言えない。
いつも邪魔で、何を仕出かすか分からず、一体何を考えているのかもよく分からないこの麟という娘は、それでも隊務で平隊士が死ぬ度、大粒の涙を流した。
そんなに泣いてどうするんだとこちらが呆れるほど、麟は一々泣いた。
そしてその涙が、あまりに死に慣れてしまっていた新撰組に新鮮な風を吹き込んだ…そんな気もした。
「…狡い」
やっと言葉を吐いた麟は、溜め息混じりにそう言った。
「山崎に拾ってもらった命、山崎のために手伝えって言われたら私が断れないの知ってて」
ふん、と土方は鼻を鳴らした。
「せいぜい足手まといにはなるなよ」
その目が少しだけ優しい色を宿しているのに気づいて、麟は微かに笑った。
最初のコメントを投稿しよう!