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麟が下がったのを見届けて机に向き直ると背後でたん、と畳が鳴った。
別段驚いた風もなく土方はキセルをくわえ直した。
「屋根裏で盗み聞きか?山崎」
振り向かずに言うと背後の人物はぐっと言葉に詰まったが、すぐに切り返した。
「さっきの話、俺は反対です」
「ほう」
「…監察は俺一人で充分です」
歩の代わりなんていない。山崎の口調が暗にそう言っていた。
「あいつは忍でも何でもない、ただの無鉄砲な阿呆です。いつもあと一歩のとこで助かっとるいうだけで、これからもそうやなんて言えんのですよ?」
「心配なのか?」
至極面白そうに土方が問う。馬鹿にしたような物言いに山崎は珍しくカッとなった。
「無駄に死人を出したくないだけです!あんたさんは隊士の一人二人死んでも何とも思わんのかもしれんけど、隊士かて百も二百もおるわけやありまへんのやで!?特にあいつは腐っても賄い方や。何やかんやで隊士達があいつ慕っとるんはあんたさんもご存知でしょう?」
言ってしまってから山崎はきつく唇を噛んで目を瞑り、なんとか自分を落ち着かせようとした。
「…すいまへん、口が過ぎました」
「いや…」
重苦しい沈黙。
破ったのは土方だった。
「なあ山崎、お前はあいつをどう見る」
「……」
「俺はあいつを使ってみてぇ。あんな女は初めて見た。中身は丸きり餓鬼だが、そこがいい。今はまだ情に流されてふらふらしてるが、使いようによっちゃあ…とんでもねぇ武器になる」
ふーっと口から煙を吐いて、土方は言った。
池田屋の前までその危険な案は土方の中に一つの可能性として影を落としているに過ぎなかった。
あの夜、麟の負傷の知らせで動揺したのが欠片でも残っていた情によるものなのか、ただ使えそうだった駒を失うのが惜しいと思ったからだったのか、もう分からない。
山崎とて土方の言うことがわからないわけではなかった。
我が身を可愛いとは微塵も思わないらしい麟が、もし新撰組に服従を誓ったなら、彼女は死ねと命令されれば死ぬだろうし、殺せと命令されれば殺すだろう。
命令を遂行する過程で己が傷付こうが死のうが、彼女にとってそのことはあまり意味を成さないだろう。
場合によっては誰かを刀から守る盾にだって平気でなろうとするだろう。
山崎は、それが嫌だった。
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