永倉の恋

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正直なところ、山崎は麟に刀を握って欲しくはなかった。 それはきっと、永倉も、藤堂も、原田も、沖田も、岡田も、もしかしたら斎藤も、そうだろう。 麟が刀を持った経緯を知っている永倉や、自分は、特に。 実は山崎は、ここのところずっと、隊を離れるよう麟を説得する機会を伺っていた。 素直に言うことを聞くとは思えないが、それでも何もしないよりはマシだ。 最悪土方の反対を押しきってでも力づくで麟を新撰組から引き離し、代わりに忍びの一族から何とか一人でも仲間になりそうな者を引き抜いてこようかとも考えていた。 麟の幸せにも、新撰組の幸せにも、それが一番だと思った。 …だが、土方が麟を監察に任じてしまった今はもうその幻想もただの形骸だ。 麟の新撰組への忠誠と技量が相高まれば、任せられる仕事も重みを増してくる。 仕事の内容は最悪、暗殺、という可能性もある。いや充分にある。 どんな屈強な男でも「色」を買っている間は最も気が緩んでいる。加えて酒でも飲ませておけば…大抵は、簡単だ。 愛を語りながら、背に回した手で静かに頸動脈を切り裂くだけでいい。 歩の十八番だった。 山崎の中でその嫌な予感はむくむくと頭をもたげていた。 (普通の女は、普通に生きてたらいいねん…) 歩の死は、くノ一として定められた運命だ。彼女は立派に戦い、散った。その事を悲しみこそすれ、間違っていたと思った事はない。 いずれは自分も辿る運命だ、忍としてその事も、ずっと幼い時から覚悟していた。 だが麟は違う。 道を踏み外してしまっけれど彼女は、ありふれた無力な女でしかない。 死を負う運命も、忍としての教育も、彼女にはまるで関係の無い事。 辻斬りをした。 捕まった。 芹沢がその罪を肩代わりして、死んだ。 それでいいじゃないか。 麟のやった事が許されるとは思わない。だがだからと言って、これ以上血にまみれた生活を彼女に強いる事が果たして正しいか。 否、と山崎は胸中で力強く呟いた。 歩の死で、人が死ぬのには心底うんざりしたのだ。 それまで隊士が死んでも何とも思わなかった、それが忍として正しいと教えられてきた、その自分が。 初めて死に恐怖した。 だが、歩の死は土方に対しては全く異なる結果をもたらした。 彼は人の死に鈍くなってしまった。大事なものを失って。 彼は段々、隊士を駒としてしか見られなくなってしまっていたのだった。
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