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「…というわけで」
えへへ、と頭を掻く麟は不本意ながら、見事夕餉に集った隊士や隊長の多くを凍りつかせる事に成功してしまった。
(別に成功したくなかった…)
「今日から宜しく頼んます」
痛い視線から逃れるように頭を下げる。石の如く固まった一人の男の箸から、ぽろりと蓮根が落ちた。
麟が逃げるようにそそくさと引っ込むと、堰を切ったようにどよめき。
それもそのはず、隊士達の大多数は『客として』麟に会っていたのだから。
…花街、島原の一郭、時雨屋の芸鼓であった麟の客として。
しかも、麟がここ数ヶ月の間『実家に帰る』との言葉だけを残して姿をくらましており、その行方を誰も知らなかったとなれば、隊士達が戸惑うのも当然と言えた。
特に、蓮根を落として尚固まっている弐番隊隊長、永倉新八などにとっては。
「し、新八っつぁん。大丈夫?生きてる?」
傍らで心配そうに永倉の肩を揺するのは、最年少の幹部、八番隊隊長の藤堂平助。
永倉の目の前で手をひらひらさせてみるも、無反応。
それを見ていた大男、原田左之助は太い眉をいぶかしげに上げた。
「駄目だ、死んでる」
すっぱり言い切った十番隊隊長に、そんなぁ、と藤堂が泣きそうな顔をする。
しかしふざけていながらも、藤堂の頭の中では恐らく永倉と同程度の大混乱が起きていた。
何故なら藤堂は、局内で麟が辻斬りを行っていた事を知る数少ない人間のうちの一人だからである。
藤堂には、一度捕縛された人間がのこのこと自分からやってくる事が理解出来なかった。
いや、理解しろというほうが無茶というものだ。
(…でもいい)
これからいくらでも、真実を聞く時間はある。
藤堂は固い意思を胸に、隙ありとばかり永倉が落とした蓮根を素早く奪って口に放り込んだ。
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