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一方で、ざわめきの中一人冷静に箸を進めている者があった。
何故なら彼は今竹の子を頬張る幸せに全神経を集中させていたからだ。
(至福…)
ごくり、と喉仏が上下すると共に幸せの根源、竹の子が喉を通過していくのを感じ、男は桃色の空気を辺りに漂わせた。
…無表情なまま。
奇妙な情景を目の当たりにした隊士が隣の隊士を小突いてひそひそと言う。
(な、なあ…なんだあれ)
(知らねーの?あれがあの人の精一杯の感情表現なんだよ)
(し、幸せそうだな)
(ああ…)
二人の隊士は遠い目をして男を見つめた。
…三番隊を率いる彼の名は、
斉藤一(はじめ)。
「斉藤先生は、麟さんの事ご存知でした~?」
へらり、とまた一人の十番隊隊士が斉藤に声をかけた。
先生は島原なんかいかないんスかね、と首を傾げながら懐こい目を向けてくる。
斉藤はコトリ、と箸を置いて、無表情なままに答えた。
「さあ…存じないが」
斉藤の目を見て咄嗟に、嘘だ、と隊士は思った。
しかし白々しく答える斉藤は、見抜かれる事も分かっていたかのように冷静に返答する。
「そういう貴方は…彼女をよくご存知のようですな、酒井殿」
酒井は墓穴を掘った自分を恨みつつ、冷や汗を流しながらひたすら笑ってごまかした。
(く、喰えない人だ…)
そう。斉藤、そして酒井健太郎と名を偽るこの男、岡田以蔵もまた客の立場としてでなく麟と接触していた。
そして二人共、それを他言する事は出来ない。
斉藤は辻斬りの罪で捕縛されていた麟を秘密裏に逃がした張本人であり、岡田は…
元を正せば新撰組幹部暗殺の依頼を受けて局に潜入した間者であったからだ。
人斬り以蔵として名をはせた彼が長州藩士の桂小五郎、高杉晋作、吉田稔麿からその依頼を受けた際、そこに匿われていたのが麟だった。
(麟さん…何故?)
勿論、麟の捕縛令が消えた事を岡田は知らない。
突如目の前に現れた麟に、岡田自身食べていた芋が口から飛び出すほど驚いたのだ。
…というより実際飛び出した。
その時己の正面に座っていた隊士の冷たい視線を思い出し、岡田は一人唇を噛み締めた。
(な、泣くもんかっ…)
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