第一章 二人の僕

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 人は死ぬ。これはあまりにも虚しい心理であり、時に言葉にすることすら耐えられない。どうして僕らは生き続けなければならないのだろう。どうして一切を捨て、そのままその場に横たわらないのか。しかしもう一つ別の心理もある。人は生きる。これは同じように心理ではあるが、正反対の心理だ。人は生きる、鮮やかに。病気だったとき、僕はそれまでの一回の自転車レースの中で見たより、もっと多くの美しいもの、勝利、真実を、たった一日の間に見た。そのうえこうしたことは奇跡ではなく、人間によってもたらされたものなのだ。よれよれのスウェットスーツで現れた男は、なんと優秀な外科医だった。酷使され超多忙なラトリースという看護婦と友達になった。彼女の看護は深い共感から来る思いやりに満ちたものだった。まつげや眉毛がなく、髪は化学治療で焼けてしまった子供たちも見た。彼らはツール・ド・フランスで前人未到の五連覇をなしとげたインデュラインと同じ心で、勇猛果敢に闘っていた。  だが、僕にはまだすべてが完全にわかっているわけではない。  僕に出来ることはただ、真実を話すことだけだ。
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