第一章 二人の僕

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 僕は100歳で死にたい。背中にアメリカ国旗、ヘルメットにテキサスの一つ星を抱いて、アルプスの山々を自転車で時速120キロのスピードで駆け下りた後に。僕はもう一度、フィニッシュラインを越えたい。妻と大勢の子供たちが驚喜喝采する中を。それからフランスのどこまでも続くヒマワリ畑の中に身を横たえ、静かに息を引き取りたい。それはかって覚悟していた、つらく若い死とは対照的だ。  緩慢な死は僕には似合わない。僕は何事もゆっくりすることができない。呼吸ですら。僕はすべてを速いリズムでする。食べるのも速いし、寝つくのも速い。妻のクリスティンの運転にはいつもいらいらさせられる。彼女は黄信号で必ずブレーキを踏み、僕は助手席でじれったさに身もだえする。 「おいおい、お嬢さんじゃないんだからさ」 「ランス、それなら男の人と結婚するのね」  僕は半生を自転車で走り続けてきた。テキサス州オースティンの田舎道からシャンゼリゼ通りまで。もし若くして死ぬことがあるとしたら、どこかの牧場労働者の運転するトラックにはねられ、頭からどぶに落ちて死ぬだろう、と思っていた。可能性は大いにある。自転車に乗るは常に、大型トラックとの闘いだ。あまりにも何回も、いろいろな国でいろいろな車にはねられたため、その正確な数は覚えていない。抜糸の仕方も覚えてしまった。必要なのは爪切りと度胸だけだ。
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