第一章 二人の僕

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 レーシング・ジャージの下の僕の肉体を見れば、言っていることがわかると思う。両腕には大理石模様に似た傷跡、毛を剃った両足は変色した斑点だらけだ。この毛を剃っていることが、たぶんトラック野郎たちの気にさわるのだろう。僕の女の子みたいなふくらはぎを見て、ブレーキを踏む気をなくすのだ。でも自転車乗りに毛剃りは不可欠だ。毛がなければ砂利が皮膚に食いこんだとき、消毒するのも包帯を当てるのも簡単だからだ。  軽快にペダルを踏んで道路を走っていると、突如、背後から突風が襲ってくる。気がつくと僕は頭から泥の中に突っ込んでいる。むっとする熱気と、上顎にえぐい排気ガスの味を感じ、できることといえばただ、消えてゆくテールランプに拳を振り上げることだけだ。  癌も同じだった。まるでトラックにひき逃げされたようなものだ。傷だって残っている。胸部の心臓の上にはひきつれたような傷跡がある。ここはカテーテルが差し込まれていたところだ。右股間から太股の上の方にかけて走っているのは、睾丸を切除した手術跡。しかし一番の勲章は、頭皮に残る二本の深い半月形の傷跡で、まるで馬に頭を二回蹴られたように見える。これは脳手術の跡だ。  25歳のとき、僕は睾丸癌になり、死にかけた。生存率は40%以下と告げられたが、本当はこの数字すら、僕にショックを与えまいとする、医師たちの思いやりから出た希望的数値だった。死が、パーティの話題にふさわしくないのは百も承知だ。癌や脳手術や下半身の話もだ。でも僕は、上品な話をしようと思ってこの本を書いたのではない。僕は真実を話したいのだ。
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