第一章 二人の僕

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 断言していい。癌は僕の人生に起こった最良のことだ。なぜ僕が癌になったのかはわからない。けれども癌は不思議な力を与えてくれた。僕は癌から逃げる気はない。人生でもっとも重要な、人生を形作ってくれたものを、忘れたいと思う人がなどいるだろうか。  冗談を言っているのではない。ここには2人のランス・アームストロングがいる。癌の前と癌の後と。よくきかれるのは、「癌になって何が変わりましたか」という質問だ。しかし本当にきくべきは、何か変わらなかったものがあるか、だ。僕は1996年10月2日に、1人の人間として家を出て、別の人間として家に帰ってきた。僕は世界的に認められた自転車選手で、海岸の豪邸に住み、ポルシェを乗り回し、銀行には自力で蓄えた財産があった。世界のトップ・レーサーの1人で、成績は完璧な右上がりの曲線を描いていた。しかし、戻ってきたときの僕は、文字通り別人だった。ある意味では古い僕は死に、第二の人生を与えられたのだ。肉体すら以前とは違っている。なぜなら、化学療法の間にそれまで作り上げた筋肉はすべて落ち、回復したときにも以前と同じ体には戻らなかったからだ。
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