流星群

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こんな顔を、見たいわけではなかった。 「来ないでって言ったのに!」 こんな声を、聞きたいわけではなかった。 「願い事だけ、聞きにきた」 自分が飛鳥にこれから何を突きつけるのか、分かっていたはずなのに。 信じたくなかった。 認めたくなかった。 こうして会えば、否応なしに真実を思い知らされてしまうのを…心のどこかで恐れていた。 自分が取り乱しやしないかと、あべこべな心配までして。 これが、人間の脆さだ。 数多の感情を持つが故の、脆弱さ。 さり、とパジャマが壁に擦れる音が鼓膜を弾く。 飛鳥の表情が険をはらんだものから、きょとんとしたあどけないものに変わっていることに気づいた。 でも、切り出す口実もなくて結局俺はひたすらだんまりを決め込んだ。 飛鳥の焦点の合わない瞳が何故だか真剣味を帯びて、俺を射抜く。 そして、独り言のようなトーンで言葉が転がり出た。 「…昨日と、違う人?」 飛鳥の言葉の意味を理解するのに、少しだけ時間がかかってしまった。 「違うと言えば違うけど…死神には変わりないよ」 何をを考えているのか、俯き加減で、指をくるくると回している。 幼い頃と同じ仕草を思わぬところに発見して、げんきんな感情が心を駆り立てる。 「…寿命を伸ばして下さいっていう願い事は、駄目ですか」 …出来ることなら。 肯定してやりたい。 「半日くらいなら出来ないこともない…ただ、苦しむ時間が長くなるだけだ。俺の力じゃそれが限界」 真実も虚偽も。 諸刃の剣のように、傷つけてしまうのだ。 そこで真実を選ぶ俺は、残酷なんだろう。 虚偽を選んでいたかつての俺は、あまりにも甘すぎたということに。 …今だからこそ、反吐が出そうな感覚にみまわれる。 本来の死の運命を曲げて、惰性の命を貪る俺は、死神の好奇の対象になっているに違いなかった。 今なら分かる。 俺が砂時計なくして死神になれた理由。 「なら…視力を戻してもらうことは、出来ますか?」 出来る、と言おうとして言葉が喉奥につっかえる。 まるで予想外の願い事。 出来ないわけではないけれど、今の俺にはあまりにも『ちっぽけな願い事』に思えた。 「そんなことで、いいのか」 どんな無理難題も、飛鳥のために叶えてやりたいと思ったからわざわざ来たというのに。 「獅子座流星群が、その夜…見られるんです。だから、それ…見たくて…」
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