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…ああ全く、質の悪いのはどっちだ。
「こんな単純な願い事されたのは初めてだと思わないか、死神」
「何だ、バレてたのか」
するりと衣擦れの音と共に、気配が濃くなる。
死神同士なら、例え人間のふりをしてすましていても、お互いに見分けることくらい出来る。
例えば、早苗がいい例だ。
ちょっとやそっと気配を殺していたところで、人間はともかく死神にはまるで意味をなさない行為。
普通の人間から見ると、本物の人間も死神がなりすましている人間も見た目には大した違いはないらしい。
死神から見ると、死神がなりすました人間は生気がないからすぐに分かるのだ。
人間がマネキンを見て人間とは別物、と認識するのとさして変わりはない。
「金が欲しいとか抜かした奴もいたし、世界一周旅行とか、うんたら賞に当選したいとか…そんな奴らばっかりで」
死ぬ前の願いほど、くだらないものはないと思う。
一生分の欲という欲が結集したような醜い塊にしか、見えないから。
「お前が気にかけてる女なら、そんなもんだろ」
フードの影になっている死神の口許は、驚いたことに『笑って』いた。
その理由はよく分からなかったが、いちいちつつくのも憚られて。
「…そうかもな」
俺が気にかけているということを認めたのか。
飛鳥が俺の気を引きつけるくらい変な奴だということを認めたのか。
自分でも、よく分からなかった。
敢えて言うなら、『両方』かもしれない。
「今日はえらい素直だな。どうした?酒でも飲むか」
「断る」
「そう冷たいこと言うなよ…」
肩を抱いてくる死神に、不意に涙がこぼれそうになる。
飛鳥の…死だけは、受け入れられない気がした。
砂時計がひっくり返されたのか、足元の床が消えて頼りなさが増す。
乗り物酔いを誘うような動きに、俺はしっかり目を閉じた。
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