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「血管がぼろぼろだから、手術するリスクの方が高いだろうって。まあ臓器の一つや二つや三つ取り替えたところで治る病気じゃないし」
不意に風音と人のざわめきが耳に飛び込んでくる。
車の往来と、怒っているようなクラクション。
否、早苗が黙り込んでしまったから聞こえる音。
毎日同じようでいて、何一つ『かつて』と重ならない。
「大丈夫、今すぐ死ぬわけじゃないし。獅子座流星群見るまで絶対死なないから!」
「馬鹿!流れ星なんか見てあんたが死んだら縁起でもない!」
「だって、三十云年ぶりの大流星群だよ!?」
「それがどうした!」
「八月の星座なのに冬の空に流れるあの微妙さ!まさに宇宙の神秘!」
「飛鳥、あんたねえ…」
突っ込み所満載なのは分かっているが、熱意はきっと伝わるだろう。
数学も物理も大嫌いだから、詳しい研究は出来ないけれど。
そういえば、どうして私は星に興味があるんだろう。
物心ついた時には既に、星座表やら望遠鏡やらをいじくりまわしていた。
よく望遠鏡の角度やら設定やらを変えて、お父さんにこっぴどく叱られた。
やっぱり、お父さんの影響なのかもしれない。
高校の時天文部に入っていて、勉強そっちのけで浪人したという間抜けな過去がある。
お父さんは自慢げに語っていたが、それを聞かされた時の娘の心境としては何とも複雑だった。
「その前に、目…まだ見えてるの?」
「それなりに」
「そんなんで流れ星見えるわけ?」
「きっと見える。多分、根性で」
「随分都合のいい目してんのね」
早苗の指摘通りだった。
でも、認めてしまったら…駄目だと思った。
「やっぱ冬ならではの男のロマン!見てからじゃなきゃ死ねないし!きゃーホント楽しみ」
「飛鳥は女でしょうが…」
気分はジャニーズ追っかけファンの心境だ。
折角熱く語っているというのに、何とも冷たい返事しか返ってこない。
「細かいこと気にしなーい。さーて、夕飯何かなー」
「あ、思いっきり話ずらしたな!こら、待て!」
見当違いな方向に歩き出した私を引き戻すために早苗が慌てて追ってくる。
そんな私達を追いかけるように、氷の風が髪を舞い上げた。
まだ、猶予があると思っていた。
心の整理をつける時間が、まだ。
でも、それは。
誰の予想よりも、ずっと…短いものだった――――――――――――
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