流星群

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「っ…ナースコール押したから!捕まりたくなかったら出てって!」 恐怖と怒りが綯い交ぜになったような表情。 そそられる、いい顔だ。 見えていないだけに、恐怖感は人一倍強いだろうに。 こういう顔が、一番殺りやすい。 それに得体の知れない者がいても、これだけ冷静に対応するなんて随分と肝が座っている。 今まで見てきた中でも、これは上玉だ。 「頭いいね、飛鳥サン。でも、誰も来ないと思うよ」 意味を掴みあぐねているのか、目を眇めている。 「どういう、こと」 「え?言ったまんま。俺は飛鳥サンに話があって来た。邪魔されたくないからさ。今頃皆ナースステーションで爆睡してると思うよ」 眠りこけている人間ほど無防備なものはない。 ましてや、大半が平和ボケしている日本人など。 五感に頼りすぎて、本能を失った動物は人間以外にいない。 欲望の枯渇や増長は有り得ても、自然の輪廻の中で生きるための本能を失った憐れな種族といえよう。 認識しただけ、聞いただけ、そこから行動に結びつく人間が一体どれだけいるというのか。 単純に言うと『気がつかない』輩が、我もの顔で跋扈し、弱者を追い詰める。 それは、同じ人間に対しても。 弱肉強食、自然淘汰を遥かに越えた…人間特有の共食いとも言うべき行為に走る。 この女は、その犠牲になるのだ。 「誰、なの…!?」 「っと名乗りもせず失礼。俺は死神」 しにがみ、と女は途切れ途切れに呟いて。 ずり、とスリッパが擦れる音がして女が後ずさる。 とん、とふくらはぎがベッドの際にあたり、反動で座ってしまっていた。 その時柵に肘をしたたかぶつけて、顔が歪む。 この女…独り演劇かと思うくらい、表情は百面相だし行動もどこかおかしい気がする。 決して目が見えていないからとかそんな端理由ではなく…真面目に挙動不審なのだ。 「そんなに後ずさらなくても…別に今飛鳥サンを殺すために来たわけじゃないし」 「だったら、何しに来たの」 何しに、か。 それを聞いたところで、どうすることもかなわないだろうに。 「仕事。飛鳥サンの寿命の話があってね」 「…何の冗談」 半信半疑どころか、無信全疑と言わんばかりの態度だ。 俺が死神だってことすら、まだ信じていないだろう。 目が見えていないということが、こんな馬鹿馬鹿しい弊害を起こすとは思わなかった。 障害者用のマニュアルを作ろう、と思わず思うくらいには。
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