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人魚姫 5
何も、分からなかった。
考えたくなかった。
何の為に私は此処にいるのだろう。
何の為に私は此処に存在するのだろう…。
全て
全て一人の人間の為だった。
彼と出会ってから全てを塗り替えられた日々。
今まで感じた事もないような感情。
貴男の傍にいれた、あの瞬間。
全てが大切な思い出だった。
例え自分が禁忌だと言われるような事をしていたとしても、
私は、幸せだった。
"気持ち悪ぃ…"
「……っ!!」
耳を塞いでその場にしゃがみ込んでしまう。
あんな言葉、知らない。
私が知ってる魁斗君はあんな事言わない。
だったらあの言葉は誰が放ったものなの――――…?
分からないよ…魁斗君…。
「さっきの子、可愛かったよね」
突然隣にいる女が思い出したかのように喋り出した。
数ヶ月前から付き合いだした女。
しかし俺はこいつの名前すら覚えていない。
どうでも良かったんだ。
心の空白を埋める相手は誰でも。
「本当に覚えてないの?」
「知らねぇよ」
「あの子、今にも泣き出しそうだったよ…?」
「俺には関係ないだろう」
良くある事だ。
夢だの幻想だのを抱いて近寄ってくる女。
誰も本当の俺なんか知らないくせに。
俺の何に惹かれて近付いてくるんだ?
答えは全て同じだ。
外見か?経歴?家柄? 金、か?
外面だけを見て騒いでる女共には正直殺意すら抱けそうだ。
俺の何を知っていて"好き"だって?
たった一部分。上面だけの俺しか知らない奴が何を言い出すのか。
"魁斗…君?"
あんな表情で近付いて来る女、初めてだった。
何を必死になってたんだ?
俺はあんな奴なんて知らないのに。
馬鹿みたいな程に顔を緩ませて近付いて来た女。
"思い出して?9歳の頃魁斗君別荘に遊びに来てたでしょ?その時…"
子供の頃の記憶なんて、捨てた。
もうあの頃には戻れない。
必要のないものは捨てていく。
女々しい記憶なんかに浸っている暇なんてなかった。
そんなのは弱い奴のする事だと思い込んでいた。
「でもさ、魁斗あの子の事好きでしょ?」
「…何言ってんだ?」
「…気付いてないの?」
そんな台詞を吐いて見上げてくるこいつの顔は、真剣なもので思わず息を止めて目を合わす。
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