人魚姫05

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ふっと何かを諦めたように、笑った。 「重症、だね…」 俺の、少し前を歩いてくるりと振り返り頬の端を軽くつり上げた。 皆、そんな顔をする。 俺の近くにいる女は何処か淋しそうな、何かを悟って諦めたような、 そんな顔をする。 俺にはそれがたまらないんだ。 俺は強い。もう自分の思い通りに何だって出来ると、そう信じたかった。 「思い出せるといいね」 「俺は、あいつなんか知らねぇ…」 「きっと、会ってる」 「は?」 「分かるよ…魁斗はきっとあの子の事知ってる」 髪が、風に揺られて甘い香りがする。 夕日に映し出されるその顔が、俺に何かを思い出させようとする。 心の空白を、埋めたかった。 そっと手を伸ばして頬に触れる。 嬉しそうに手を重ねて擦りついて来る、そんなこいつは嫌いじゃなかった。 「本人よりね、周りの人の方が気付きやすいんだよ」 「…お前は何か気付いたのか?」 「そうだね、確信が持てた」 自分より、周りの人間の方が気付きやすい。 何に? 無意識に胸元にあるものを、掴んだ。 記憶には無いモノ。 それでもずっと身に付けていたモノ。 細いチェーンの先で輝きを放ちながら揺れるモノ。 いつか、思い出せる日が来るかも知れないと、捨てられなかった。 俺は、大切な何かを過去に置き去りにしてきてしまった。 そのまま、捨ててしまったんだ。 自分を守る為に。 心の空白は、埋まらない。
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