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「四番、レフト今川君――」
アナウンスが響いて、俺はバッターボックスに歩いていった。
場面はツーアウト満塁。
そしてさらに九回の裏、二点差で西高が負けている。
俺がアウトなら先輩たちの夏は終わる。
緊張はしなかった。
むしろこの状況がたまらなく楽しかった。
深呼吸をして目をつぶる。
歓声、暑さ、蝉の声、蒸しかえるグランド……無駄なものは消していく。
俺はこの中で相手ピッチャーと二人きり。
「……打てる」
瞳を開けて、打席に入るとマウンドにいるピッチャーが頷いた。
一球目が来る。
俺はバットを構えて、足を前に出した。
呼吸をする事なんて許さない。
今気を抜けば囚われる。
ゆっくり、ゆっくりボールの音が近づいてきた。
――そして俺はバットを振った。
その動作に迷いは必要ない。
気味の良い風を切る音とかん高い金属音が重なり合った。
美しい弧を描いたその白い球は守備の誰にも取れない場所へ落ちていく。
スコアボードの真正面に落ちたボールを眺めた俺はゆっくり進み出した。
唖然として相手側は後ろを見る。
満塁の走者一掃のホームラン。
西高の応援団から歓声が吹き出す。
ホームで還ったランナーたちが自分を待っていてくれる。
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