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風は穏やか、太陽の陽を遮る厚い雲の合間を縫って、ファーレンハイト号は空を泳いでいた。
海上用の帆船に、帆の代わりにプロペラをつけて空を飛ぶ船。失われた古代の技術として、今では生産できない貴重な代物だ。
そんな空飛ぶ遺産の所有者が、船長のエリザ・カートンだ。
腰まで伸びた長い黒髪には白いメッシュが入っている。キリッとした目に高い鼻は誰からも美人という印象を与えるだろう。
エリザ・カートンは船長室で地図を見ていた。どうやら航路を確認しているらしい。
その地図とのにらめっこも飽きた頃、ふと時計を見ると時計の針は午後の3時を回っている。
それを見てエリザ・カートンは地図を乱雑な机の上に投げ捨てて立ち上がった。
エリザ・カートン
「ヘム、ヘムはどこだい?」
エリザ・カートンが船長室から出てきた。船長室のある後部高位甲板には舵があり、タンクトップを着た筋肉質で赤髪の大男が飛空挺を運転している。
エリザ・カートン
「カロルド、ヘムを見なかったかい?」
カロルド
「ヘムならあそこに……」
カロルドと呼ばれた大男が片手で舵を取りながら、空いた方の手で下位甲板を指差した。
指を差した先で、みずぼらしい格好をした中肉中背の出っ歯の男が甲板で日向ぼっこをしている。
その様子を見て、エリザ・カートンは顔を真っ赤にして叫んだ。
エリザ・カートン
「おい、そこのバカ! 返事をしろ!」
そこのバカ
「は、はい! 何でヤンスか、お嬢!」
そこのバカ、もといヘムはびっくりして飛び上がり、慌ててずれた眼鏡の位置を直した。
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