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「とうとう来てしまったか……」
玄関で主人がつぶやくように言った。主人が手にしているものは……赤紙(徴兵)である。
やっぱり……
いつかくると思っていたこと……
分かっていたことだもの。
主人に戦争という……危険で、人殺しをしなければならないところなんて行って欲しくない。
もし、言うことが出来たなら……それを言えたならどんなにいいか。
でも……
今の時代にその言葉を口にすれば非国民とされ、憲兵に連れていかれてしまうと村に兵隊が来て、でかい声で言っていたのを聞きいた。そして村の誰かが、連れていかれたその先にあるものは地獄だ、と言っていたのも耳にしていた。
……………だから……だから私は何も言えない。
今は、国に従うしか道はなかったから。
「……」
彼は悲しそうに手紙を見つめていた。
私はどうしたらいいの……
一瞬そう思ったけど、悲しい顔なんて主人に見せたりなんてできない。
それは主人を悲しませてしまうだけだもの……
「行ってしまうんですね」
「文(ふみ)……」
私は、あなたの言おうとしていることなんてお見通し。
あなたのことだから私に別れを告げるつもりなんでしょう……
私たちに子供は出来なかった。だからあなたが死んでしまった時はあなたを忘れて幸せに生きろ、と……そう言いたいのでしょう?
「あそこへ行きませんか?あの桜の木のところへ」
私は悲しさを心に押し込めて、笑顔で主人に言った。
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