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私は少し独りになりたくて、近くの自然公園に足を運んだ。この公園は晴れていればそこら中に人が集まる憩いの場であるが、こうして雨が降っている日は人影もなく今の私には丁度いい場所だ。
公園の中をふらふらと歩き、緑の多い広場まで来た。そして私は手近なベンチに腰掛け、それからようやく大きく溜め息を付いた。
――そういえば前の彼女と別れたのもこんな雨の日だった。十月の秋雨の頃。あの時も私のことを怖いと言って、彼女は離れていった。
何故私は人に怖がられるのだろう。そう考える程に気分は沈んでいった。
視線を上げると向かいの生け垣に生える紫陽花が目に入った。様々な色がある中で、紫の紫陽花が特に気になる。顔色の悪い自分を彷彿させるからだろうか。
不意に一人の女性を視界に捉えた。背格好から考えると、歳の頃は私と同じ位だろうか。長い黒髪が大人らしい落ち着いた雰囲気を醸していた。差している紫色した傘もその雰囲気を作る一助を担っている。
雨水の滴る紫陽花でも見に来たのだろう。生け垣の紫陽花を眺めながら女は歩いている。
あの女に恋人はいるのだろうか。あるいは既婚者であろうか。そうしたら子供はいるのだろうか。兄弟姉妹は? 趣味は何だろう。雨天時の紫陽花を見に来る程なら花に関した何かだろうか。
さして意味も中身もない考えだ。私はすべきことが無い時、よく他人の背景に思考を巡らす。特にこれは電車の中でよくやることだ。
例えば中年の男が私の肩に寄りかかって眠っているのをきっかけに、どんな家庭なのか、どんな職業でどんな子供時代だったのか。シワの入り方から苦労性な人かどうかとか。
そうしてその人の背景を想像している内に、その場限りの愛着が湧いてくるのだ。その愛着によって私は快く肩を貸してやれるのだ。
そうやってあらゆる人の背景をとっかえひっかえに推察する行為はいつしか趣味から日常に姿を変えていた。
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