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車の音もしなければ、街のネオンもない。
雨は降っていなかったので、時おり聞こえてくるのは、何だかわからない獣の声だった。
昔ならば、それが何の獣かわかったのだろうが、何百年も同じことを繰り返して生き延びて来た私には、そんな細かいことを今、思い出すことはできない。
昔なので電気はなかったから、明かりは火、そのものだったのだろう、私自身の身体も娘の顔も、炎で赤く照らされていた。
思えば、炭焼き小屋全部が明かりだったのかもしれない。
私が、下半身を露出し、娘が腹を摩っている。
お互い、玉の汗を顔中に滑らせている。
すぐには産まれない。
ただ、陣痛の間隔は確実に短くなっている。
娘が何かを取りに、後ろを向いている隙に、私は、囲炉裏の横に置いてあった、葉っぱ。
まさか、それに鳥の糞が包んであるとは思いもよらないだろう。
それをぐつぐつ煮えていた鍋に放り込んだ。
見る必要もなく、他の具材と一緒になって、食事の一部となる。
この鍋の中に足らないものは、肉ぐらいだ。
娘が戻って来て、私の腹を摩ったり、手を握ったりする。
もう、本当に産まれそうになる前に、私は、娘が凍りつくような事を言った。
詳しくは何て言ったのか思い出せないが、今まで、娘に話したことがない内容だった。
父親である大八郎との出会い。
最愛の彼を殺されたこと。
ずっと、復讐するつもりで、嫁になり、幸せな生活をどん底に落とそうという計画を立てていたが、故郷に帰ってしまったこと。
男の子が生まれれば、その子を使って復讐しようとしていたが、娘であるお前が産まれてしまったこと。
だから、私はお前が憎い!
憎い!
切り刻んでしまいたいほど憎いんじゃ!
娘はあっけにとられて、こっちを見ている。
私はなおも続けて、娘の婿である、那須下野守と、親密な関係になっていることを告白する。
婿の仕草、性癖、身体の特徴など、厭らしく娘に教える。
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