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今まで、赤い世界だったものが、急に宙を舞った。
炭焼き小屋の天井近くに飛んで、また落ちる感覚があった。
顔を突き刺した瞬間、眼球が飛んだのだと思われる。
そして、娘は私が肉片になり、血の塊に見えるまで、奇声を発しながら、何度も何度も繰り返す。
不思議な事に、天国丸は、骨も切れる。
粉々に打ち砕くというよりは、すっと、こんにゃくのように刀身が入り、細切れにしていく。
人間がつくねみたいになるのだ。
肉も骨も最後は叩き切って、ミンチになってしまう。
本当にミンチになってしまって、刺したり切ったりしても手ごたえがないことに気付いたのか、娘は天国丸を私に振り下ろすのをやめた。
そして、血の海になった、私の傍にへたり込んで、宙を見据える。
時間が過ぎていく。
さっきまで、子供が産まれるまで、私が大声を出し、その後、娘が奇声を発して、私を切り刻んだ。
その後は静寂。
残念なのは、赤子が少しも泣く事が出来なかったこと。
いや、それはそれでよかったのだ。
静寂……。
娘は私の言葉を思い出す。
私が死んだら、小箱を開けて、手紙を読むようにと……錯乱しながらも、聞いていた母の最期の言葉を思い出す。
自分がしでかしてしまったことの重さと、事の顛末がどうなるかなんて理解できずに、手紙を読む。
そこには私がこのようなことを書いていた。
(この手紙を読む頃には、私は死んでいるでしょう。あなたに殺されているでしょう。しかし、その後、どうしますか?娘が母を、しかも自分でいうのもなんですが、このような影響力のある母を殺したとあっては、那須下野守もかばうことができず、死罪になるでしょう)
そこまで読んで、やっと、娘は自分のしでかしたことに気づいた。
ただ、自分が母を殺すことを手紙で予言していることの不可思議さには気づかない。
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