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(あなたが救われる方法があります。それは、私の死体と赤子をこの場から消すことです。そして、ひと月ほどこの炭焼き小屋に籠り、記憶を失くしたふりをして、私や産まれた赤子の所在は知らぬ存ぜぬで過ごすのです。
その間の食事はどうするのか、私や赤子の死体はどうするのか……その答えは目の前の私の死体と、囲炉裏にかけられている鍋を見ればわかると思います)
そのような事を私は書いた。
もちろん、何百年前の言い回しで、当時の字だった。
今となっては、現代の言い回しとなって、私の記憶として呼び覚ます。
人々が様子を見るために山を上がって来ないためには、一日三回、無事だと報せるために、小屋の前の木にぶらさげてあある、鈴を鳴らさなければならない。
逆に言うと、その鈴を鳴らしてさえいれば、絶対に人々、那須下野守さえも、上がってくることはできないはず。
それくらい、私の言葉は絶対だった。
そして、大振りの鈴は、風が吹いたくらいでは、揺れず鳴らずだけれども、勢いをつけて人間の手で鳴らせば、どこまでもどこまでも聞こえるほど、よく響く鈴だった。
娘は全てを飲み込み、私が残していった手紙通りに行動することにした。
まず、目の前の肉片をどうにかしないといけない。
娘はぐつぐつ煮えた鍋に、一番、食べやすそうな部分だけを選んで、菜箸で挟み、放り込む。
人間の肉も獣の肉も火を通せば同じだ。
赤い部分がどんどん無くなる。
全部、食べてしまわないといけないのだ。
人を殺したという現場でも、死体が見つからなければ、人に咎められることはない。
今は、警察が化学薬品などで調べるだろうが、昔なので科学的に調べる術などあるわけがない。
娘は食べやすい部位から、食べにくい部位まで、細かくわけて、冷蔵庫などないので、長持ちさせるために、燻製や塩漬けにしたりして、工夫をしながら私を食べていった
死産だった赤子も、食べてしまった。
私の意識はどんどん娘の中に入っていく。
そう、私がどうしてそれを覚えているか。
天国丸で刺され、切り刻まれ、絶命したはずなのに、どうして、覚えているのか。
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