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私は生きていたのだ。
正確に言うと、肉体は滅んでも意識だけはその肉片達に残っていたのだ。
それがどの肉に残っていたとかは説明できない。
ただぼんやりと、細切れになった肉片、骨、血、全てに意識が残っていたとしか言いようがない。
そして、眼もあるはずがないのに、娘がどういう行動を起こしていたかを感じることができた。
私が、娘の口の中に入り、租借されていく。
次々と、喉を通り、身体の中に意識が入る。その意識はさらに水のように、捉えようのないないものとなて、娘の身体中へ拡がっていく。
そうなると、娘の感情までも私の意識でわかるようになる。
何を考えているかというわけではなくて、漠然とした感情が私に流れ込んでくる。
この時は、ただただ、哀しい。
それだけだった。
その哀しみに突き動かされ、人間の肉を喰っているうちに、全て麻痺してしまって、実の母をめった刺しにして殺したことや、婿を取られたこと、婿にそっくりな赤子が死産で産まれてきたこと。
諸々の出来事を意識せず、心の奥底に封じ込めることができて、演技をしなくても数々の出来事を忘れることができた。
娘であり、私の意識がある娘の身体は、私自身を全て取り込むことができると、疲れ果て、何もできず倦怠感に襲われ、鈴を鳴らすことができなかった。
初めての嵐の夜だったこともあったが、炭焼き小屋の中には、どす黒く固まった鮮血は、痕跡となって残っていたが、何度も何度も拭ったし、死体らしきものが無いので、人々に見られたとしても、そこに殺人がおきた証拠は何一つない。
だから、鈴を鳴らすのを止めて、那須下野守や村人が迎えに来ても何も不都合はなかった。むしろ、上がって来てもらわなければ、その後の展開がない。
嵐が治まった翌日の朝、娘が炭焼き小屋に籠って三十日は経っただろう、やっと娘は屋敷に帰ることができたが、私も産まれたはずの赤子もいない。
那須下野守も、村人も娘を問い詰めるが、娘が話すことを聞いても、要領を得ず、知らぬ存ぜぬ、覚えてないとしか言わないので、探しようもなかった。
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