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◇
令子は最近出来たばかりのショッピングモールで、一人買い物を楽しんでいた。
大金が転がり込んできたのは、突然の事だった。
父の遺産だ。
大学へ行く前にいつものような朝を過ごしていたら、突然弁護士が訪ねて来たのだ。
そして遺産相続の話。
父が大きな暴力団の組長である事は知っていた。会ったことはない。
一年前、母が死ぬ間際に初めてその事実を語った。ちょうど大学に入ったばかりの頃だった。
体の弱かった母は、ずっと細々とした内職で家計を切り盛りしていた。
今から考えると、それで母娘二人が暮らしていくのは難しい。
父の援助があってこその暮らしだったのだ。そう思ったが、銀行にはほとんど手付かずの援助が残っていた。
母がどんな思いでそうしていたのか。考えても答は出なかった。
母が死んだ一年前から、援助は令子の口座に振り込まれるようになった。
拒みもせずに受け取った。拒むほどの感情すら、父には抱いていない。
父の葬式には出なかった。
というより、父の死を知ったのは、父が死んでしばらく経ってからだった。
もっとも、知っていても行かなかっただろう。どんな顔をして葬式に行くというのか。
相続の手続きはすべて弁護士が進めていた。
初めて弁護士と会った二日後には、遺産は自分のものとなった。管理が必要な土地などは、丁寧にも金に変わっていた。
派手に使おうという気はない。大学の学費と生活費としてだけ使っていくつもりだ。
思考を現実に戻した。今は、買い物をしている。
一つの建物の中で軒を連ねる店を、一つ一つ見て回った。
結局、気に入った物は見つからなかった。最後の店から出て、広い通路を歩き出す。
食事をして帰ろうと思った。何故か今日は何か作るという気にならない。
柱に掲げられた見取り図を眺めながら、どの店にするかを思案した。
辺りでは家族連れの談笑や若いカップルの笑い声が響いている。
パスタにしよう。そう思った瞬間、背後に気配を感じた。
振り向こうとした時、何か固いものが腰に押し付けられた。あまりに突然の事で、動けなくなる。
「振り向くな、銃を持っている。大人しく指示に従え。声をあげたりすれば、殺す」
低い、男の声が耳元で響いた。
自分に言っているのか。何故。
何が起こっているのかすら、理解できなかった。
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