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◇
令子と理緒は、大学こそ違うものの、サークルの活動で知り合ってからは親しかった。
他愛もない会話を二人で交わしていると、時刻は七時半になっていた。
「そろそろ下行こっか」
令子が頷く。その目は、どこか暗い。
令子が電話で相談を持ちかけてきたのは昨日の深夜だった。正確に言えば今日になる。
「助けて……」
電話の第一声はそれだった。思わず息を呑んだ。それから、冷静に話を聞いた。
事件の事とそれに至るまでの経緯を令子は話した。
聞いて、圭に相談する事に決めた。令子にそれを伝えると、少し安心したようだった。
理緒の話から、令子は圭の事は知っていた。頼久からも何か聞いていたのかもしれない。
頼久とはお隣さんらしい。奇妙な偶然だ。
圭は多分、この仕事を受ける。
頼久と自分。二人を敵に回す気はないだろう。それに口では冷たい事を言っても、圭は優しい。
令子と共に寝室を出ると、ソファーに寝転がっている圭の姿が見えた。
起きているようだ。圭に向かって声をかける。
「寝てたんじゃなかったの?」
「ちょうど今起きた」
圭はソファーから動かない。理緒と令子が近付いていくと、ようやく圭が立ち上がった。
「行くか」
「うん」
令子を先頭に部屋から出る。圭は部屋に鍵をかけようとしなかった。圭の悪い癖だ。
それを注意すると、なにやら呟きながら、圭が鍵をかけ始めた。
しっかりとそれを見届けてから、三人で急な階段を下りた。
二階建ての建物の正面にまわる。昼間はカフェとして営業している店内に足を踏み入れた。
少し暗い照明のせいか、昼間よりずっと落ち着いた雰囲気が店内を包んでいる。二、三組しか客はいない。
カウンターの一番奥に、三人で座った。理緒は二人に挟まれるような格好になった。
「久しぶり」
カウンター越しに、バーのマスターである浅野仁(あさのじん)が声をかけてくる。
端正な顔立ちのきりりとした表情が、笑顔に変わる。少しだけ長い髪が、微かに揺れた。
背も高く、女性客には人気がある。ただ誰に言い寄られても、仁はさらりと流す。
「その娘は? 初めて見るけど」
「令子ちゃん。ちょっといろいろあって、しばらく上に泊まるんだ」
「そう」
「ビールをくれ」
理緒の右から早くしろと言わんばかりに、圭が声をあげる。仁が軽く右手を上げてそれに応えた。
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