受諾

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「これで煙草が吸えれば、文句はないんだがな」 マスターである仁は煙草が嫌いだ。だからこの店も禁煙になっている。 「そう言うな」 仁が手にしていたグラスの中身を飲み干す。 「ちょっと外で煙草を吸ってくる」 圭が立ち上がった。 「ポイ捨てはダメだよ」 「ちゃんと準備はある」 圭がポケットから携帯灰皿を取り出して、こちらに示す。 「殊勝な事だ」 仁が低く笑う。ふと令子の前の皿を見ると、シーザーサラダが無くなっている。 「コロッケ食べる?」 「ちょっと貰おうかな」 皿に乗っていたコロッケを一つ、令子の取り皿に載せた。 「こんなにいらないよ」 「いいから食べてみなって。ほんと、美味しいんだから」 「うん」 頷いて、令子がコロッケを口に運んだ。 「ほんとだ。すごい美味しい」 「こっちも美味しいんだから、ほらほら」 「うん」 もう一つの皿を令子の前に差し出した。令子が箸を伸ばす。 鶏肉のささみと明太子とチーズを和えてオープンで加熱する。たったこれだけなのに不思議なほど美味しい。 「これもすごい美味しい」 「仁さん料理上手なんだよ。私も教わったりするんだ」 「全部仁さんが作っ作らないかな。スタッフが優秀だから。昔は全部作ってたんだけど」 「そうなんですか。ほんと美味しいです。なんか元気出てきました」 言いながら、令子が再び箸を伸ばす。 「仁さん、揚げだし豆腐とアスパラバターを追加で」 「了解」 「そんなに食べられないよ」 「大丈夫。残ってもあたしが全部食べるから」 理緒の言葉を聞いて令子が笑った。美味しい料理は気持ちも明るくするものだ。 いつの間にか圭も外から戻って来ていた。 料理を楽しみながら令子と談笑した。屈託もなく、令子が笑っている。連れて来て良かったと、理緒は思った。 最後に頼んだ鶏の雑炊を令子と二人で食べきった。結局、令子もかなりの量を食べた。 勘定はすべて圭が支払った。 「たまにはな」 圭はそう言って照れたように笑った。店の外に出ると、突然圭が立ち止まり、二人の方を振り向いた。 「令子ちゃん」 「はい」 珍しく真面目な表情を、圭が浮かべている。 いつもこのくらい引き締まった顔をしていれば女性からもモテるだろうと、理緒はなんとなく考えていた。
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