記憶

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理緒の声で目を覚ました。まだ朝の八時前だ。 もう一度眠ろうと思って目を閉じる。あと少しで眠れるという所で理緒に蹴飛ばされた。 「俺を何だと思ってるんだ」 ソファーに身を起こして今日一本目の煙草を吸いながら、思った事を素直に呟いた。 「だらしない中年のオッサン」 視界が少し揺れる。冗談だとわかっていても、少なからず衝撃が走った。 「そんな事どーでもいいから、朝ご飯」 理緒がテーブルの上にトーストの皿を運んできた。続いて令子がサラダとオムレツの乗った皿を持ってくる。 「朝食は食べない人なんだけど」 「黙って食え、オッサン」 辛辣な言葉が理緒から飛んでくる。目の前のトーストに仕方なく手を伸ばした。 理緒と令子は雑談を交わしながら朝食を楽しんでいる。一人で機械的に口を動かし続けた。 朝食が終わって理緒と令子が片付けを始めた時に、携帯電話が鳴った。 ソファーの隅に転がっていた電話を手に取った。頼久からだ。 「俺だ」 電話の向こうから、半分叫ぶような頼久の声が響いてくる。 「うるさいな。仕事はやる。昨日令子ちゃんにも伝えた」 その事に驚く様子もなく、頼久が用件だけを伝えてくる。 今回も頼久に乗せられたらしい。電話はすぐに切れた。 「望月さんから?」 キッチンから理緒の声が響く。洗い物をしている音も耳に届いていた。 「二時頃こっちに来るそうだ。令子ちゃんの話も、それからにしよう」 「はい」 食器を運んでいた令子が頷く。 「それまで何してよっか」 「大学に行くんじゃないのか? そろそろ試験だろ」 「大丈夫だよ。令子もオッサンと二人じゃ退屈だろうし」 「そうなのかな、令子ちゃん?」 「そんなことないですよ」 手振りで否定を示しながら、令子が微笑を浮かべた。 「聞いたか、理緒?」 「見事な社交辞令だね」 「理緒は冷たいな」 令子が小さく笑顔を浮かべたまま、また食器を運んでいく。 食後の煙草を楽しんでいると、理緒がキッチンから出てきた。洗い物は終わったのだろう。 「ちょっと出かけるね。すぐ戻る」 「どこに行くんだ?」 「まあ、戻ってきたらわかるよ」 それだけ言い残して、理緒は出て行った。 圭はアイスティーを、令子はアイスコーヒーを飲みながら、テレビを見ていた。 芸能ニュースを眺めていると、本当にすぐ、理緒は帰ってきた。
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