依頼

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◇ 部下が運転するベンツの後部座席で、望月頼久(もちづきよりひさ)はため息をついた。 偏屈な私立探偵の理不尽な要求を思って、苦笑を浮かべる。携帯電話をスーツの内ポケットに突っ込みながら、もう一度ため息をついた。 「悪いが、コンビニに寄ってくれないか。煙草がある所」 「煙草は止められたのではないのですか」 「手土産がいるんだ」 「なるほど」 部下がバックミラー越しに視線を送ってくる。前を見ろ、というジェスチャーで頼久は返した。 警視庁のキャリアが乗ったベンツが事故でも起こしたら、笑い話では済まない。もっとも、あの男は笑うだろうが。 窓の外を見慣れた景色が流れていく。 それをぼんやりと眺めていると、いつもとは違う道に入った。どうやらこちらにコンビニがあるらしい。 「着きました」 ベンツをコンビニの前にある狭い駐車スペースに入れて、部下が言った。 すぐにドアを開けて、地面に降り立つ。 すかさず、うだるような暑さが襲ってきた。太陽が異様なほどに自分を主張している。 コンビニの入り口に向かって歩いた。自動ドアをくぐり抜けると、今度は冷気が体を包み込んだ。 持っていくものは、慎重に選ばなければならない。気に入らない物だったら、あの男はすぐに不機嫌になる。 考えに考えた後、クラブハウスサンドとチーズハンバーガーを選んだ。 あの男が、以前食べてい記憶がある。それをレジへ持っていった。 「煙草の九十八番。カートンで」 「はい。ハンバーガーは温めますか」 「温めすぎないようにお願いします」 「はあ」 あの男は猫舌だ。熱いお茶でも出そうものなら、すぐにへそを曲げる。 袋に入れられた品を受け取ってから、外に出た。 やはり暑い。 「ったく。俺は何をしてるんだ」 胸焼けしそうなほど晴れやかな空を見上げながら、頼久は呟いた。 「世も末だな」 ベンツのドアを開けて後部座席に乗り込む。 「出してくれ」 滑り出すようにして、ベンツは走り出した。 狭い路地を通り抜けて二号線に出る。再び見慣れた景色が窓の外を流れていく。 ほどなくして、目的の建物に着いた。 「到着です」 部下がサイドブレーキを引く。 「一時間はいると思う。どこかで暇を潰しててくれ」 頼久が降りると、ベンツは逃げるように走り出していった。 見慣れた二階建ての建物を見上げて、頼久は一つ息を吐いた。
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