記憶

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寝返りを打った。布の擦れる音が、暗闇に静かに響く。 「ねぇ、理緒の両親は何してるの?」 令子が尋ねてきた。幼い頃の記憶を、思い起こす。 「お母さんはあたしが小学校一年生の頃に死んじゃった。なんかの病気で。まだ小さかったし何の病気かもわからなかったな。お父さんも、中学校一年の時に」 父親のスーツを着た後ろ姿が、脳裏に浮かんだ。顔や言葉より、その姿が記憶に残っている。 「よく海外に出張に行ってたんだけど、突然会社の人が来て、お父さんが出張先で死んだって。向こうでお葬式も挙げたみたいで、帰ってきたのはお骨だけ」 「そうだったんだ。ごめんね。変なこと聞いちゃって」 「全然。昔の事だし」 「二宮さんと知り合ったのは? 結構昔から知ってそうだけど?」 二宮と言われて、一瞬誰の事がわからなかった。いつも圭と呼んでいて、名字で呼んだことはない。 「お父さんが死んだのと関係あるんだ。そこから話すね」 「うん」 「お父さんが死んでからは親戚の家にいたんだ。元々お父さんが出張の時はその親戚の家にいたし、あんまり生活自体は変わらなかった」 その親戚の姿が頭に浮かぶ。 「最初の頃は親戚の人も優しかったけど、やっぱり少しずつあたしに冷たくなってきた。寂しかったな。一人なんだって、夜泣いてたりした」 「寂しいよね。家族がいないと」 「ほんと、寂しかった。お父さんが死んでから一年経った頃、中学二年の時だね、突然親戚の家に圭さんがやって来たんだ」 初めて見た時の圭の姿が浮かんだ。誠実な印象を受けた。それは半分正解で半分間違いだった。 「圭さんはお父さんの仕事仲間で、お父さんにあたしの事を育ててくれってお願いされたって言った。お父さんの書いた手紙も持ってた」 「お父さんが亡くなって一年も経ってから来たんだ」 「圭さんにもいろいろあったんだと思う。勿論親戚みんなは反対した。どこの人か分からない人が突然そんな事言っても、そうだよね。いくらあたしを育てるのが面倒でも」 「誰かも知らない訳だしね」 「圭さん、お父さんとの最後の約束なんだって、絶対守らなきゃいけないんだって、泣きながら親戚の人に頭下げてた」 圭が涙を流しているのを見たのは、それが最初で最後だ。 「それでもみんな反対した。その日は圭さんも諦めて帰っちゃった」 肩を落として帰る圭の姿を、今でもはっきりと覚えている。
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