依頼

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街並みに溶け込んだ二階建ての建物。そこがあの男の事務所兼自宅だ。 一階ではカフェが営業している。夜にはバーになる、洒落た感じの店だ。 そのカフェは、いつものように近くの女子大の学生で溢れている。 カフェの様子を横目に見ながら、頼久は建物の脇にある入り口へ向かった。 カフェの入り口とは別で、二階に行くにはそこを通らなければならない。 見慣れた金属製のドアに手をかけた。 ドアを開くと、コンクリートずくめの無機質な空間が広がっている。暖かい印象のあるカフェとは、対照的だ。 そこにある急な階段に、頼久は足を踏み出した。この階段の角度は、目を見張るものがある。 「バリアフリーもいいとこだな」 悪態をつきながら階段を上りきった。『二宮探偵事務所』と書かれた看板のかかったドアが目の前に現れる。 少し乱れた息を整えながら、ドアノブに手をかけた。 その次には、黒い革張りのソファーと小さな木製のテーブルが置かれた待合室が、目の前に広がる。 ちなみにこの場所が使われているのを見たことはない。 待合室の奥には、細かい装飾の施された木製のドアが佇んでいる。 なんでも中世ヨーロッパのどこかで使われていた物らしく、相当な価値があるものらしい。 訳のわからないこだわりが見え隠れするドアを開く。 次に広がる光景は、マンションの一室という感じで、事務所という雰囲気はない。実際、自宅という方が正しいかもしれない。 広いキッチンとつながった開放感溢れるリビングは、一部分を除いて綺麗に片付いている。 その一部分に、あの男はいた。 二人掛けの少し安っぽいソファーの上で、薄い毛布にくるまっている人間がいる。 その毛布に向かって、頼久は持っていたコンビニの袋を投げつけた。見事に命中する。 それに反応して、毛布の中の物体がもぞもぞと動いた。 テーブルを挟んで向かい側の一人がけのソファーに腰を降ろした。 テーブルの上は様々な物やゴミで溢れかえっている。 「理緒か?」 毛布の中からくぐもった男の声がした。何を勘違いしているのか。 「残念。違う」 「何だ頼久か」 毛布の中から、男が顔を出す。 一昔前の男前といった感じで、いかにも物語に出てくる私立探偵という顔立ち。もっとも寝癖と無精髭で、今は見る影もない。 「食い物、タバコ」 落ちているコンビニの袋を指差すと、男がその周辺に手だけを伸ばした。  
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