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「ひと月ほど前に、金谷組の組長が死んだ」
ヤクザの組長でも死ぬ時は死ぬ。当然の話だ。ただ、これには口を出さずにはいられない。
「ちょっと待て、そっち系の話か?」
「とりあえず最後まで聞け」
右手を上げてすまなかった、という態度を示す。
「膨大な遺産は、遺書に書かれていた通り大半が二代目の息子に引き継がれた。だが、一部の遺産を今まで存在が知られていなかった愛人の娘に渡すと、遺書にはあった」
淡々とした口調で、頼久は語る。
「ちなみに死んだ組長には妻はいない。数年前に死んだ。件の愛人も病気で去年死んでいる」
煙草の煙を吐き出した。頼久が嫌そうな顔をする。
頼久は昨年から禁煙を始めている。以前は自分と変わらないほどのヘビースモーカーだった。
愛煙家は年々肩身が狭くなっていく。
「組は先代の遺志を尊重して愛人の娘は放っておく事にした。それも、遺書に書いてあった」
一件落着ではないか。喉元まで言葉が出かかった。とりあえず聞けと、心に言い聞かせる。
「ところがだ」
「本題か。前振りとしてはインパクトが足りなかった」
その言葉を気にする様子も無く、頼久が続ける。
「遺産の一部を受け取った愛人の娘が、何者かに襲われた。二度だ。殺そうとするのではなく、誘拐が目的だ」
その一部の遺産に何かあるのだろう。誰でもすぐに想像がつく。無論、犯人にも。
「組の連中じゃないのか?」
「それは無い。これは断言出来る」
口を挟もうとするが、頼久が更にたたみかけてくる。
「誘拐されようとした、という事だけでは警察はほとんど動けない」
「お役所だからな。それで、俺の仕事はその娘の護衛か? 犯人探しか?」
「両方だな」
「どこからそんな依頼が出て来た? 警視庁のキャリアと組長の愛人の娘。どこも繋がらない」
「家が隣だったんだ。女房がその愛人と親しくしていて、無論娘の事も知っていた」
「とんだご近所付き合いだな」
三本目の煙草に火を灯した。
「然るべき所があるだろう。警備会社にでも頼めばいい」
「親友の頼みだぞ」
「親友は自称するものじゃないだろう。面倒そうな話だ。首を突っ込みたくない」
「おい」
その声が消える直前、圭の携帯の着信音が響いた。
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