依頼

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何か言おうとする頼久を右手で制した。 「理緒からだ」 頼久が仕方ないといった顔をして目を閉じる。煙草をくわえたまま、通話ボタンを押した。 「俺だ」 電話の向こうから聞き慣れた明るい声が響いた。 今からこちらに向かうらしい。それだけを伝えると電話は切れた。 「今から来るらしい」 まだ頼久は目を閉じている。 「頼めるのはお前しかいない」 頼久がゆっくりと目を開けた。 「なんでその娘にこだわる? 単なるお隣さんだろ」 「隣の家の娘でも、情は移るさ。それに、事件のいきさつを聞いた女房が泣きついてくる」 「相変わらず、お人好しだな」 「事件を解決すれば、遺産から結構な報酬も出る」 「遺産の一部しか引き継いでいないんじゃないのか?」 「一体いくらの遺産があったと思う」 「ある所にはあるんだな、金は。というか、金は問題じゃない。なんかこの話は面倒そうだ」 頼久が真っ直ぐに見つめてくる。圭は目を逸らした。男と見つめ合うのは得手じゃない。 「娘の名前は、進藤令子(しんどうれいこ)。二十歳の大学生で、美人だ」 「誰も聞いてない」 「一度、話だけでも聞いてやってくれないか?」 「この話は、終わりだ。俺は、何も聞かなかった」 頼久がまだ何か言いたそうな表情を浮かべている。 それを無視して、ペットボトルを掴み、中の液体を流し込んだ。かなりぬるくなっている。 部屋が暑い事に気付いた。 テーブルの上に置いていたリモコンを手に取り、エアコンのスイッチを入れる。 「この暑い中よくスーツなんか着ていられるな」 「これも仕事の内さ」 吐き出すように頼久が言った。まだ諦めきれていないように見える。 その時、誰かが階段を上がってくる足音がした。理緒だろう。頼久もそれに気付いたようだ。 「理緒が来たみたいだな。まあ、コーヒーくらいは飲んで行けよ」 外のドアが開く音がして、次いで木製のドアが開く。 三瀬理緒(みつせりお)がドアの向こうから現れた。 理緒は圭の助手として働いている女子大生だ。 儲からない私立探偵に女子大生の助手など出来過ぎな話だが、そうなったのには常人には計り知れない経緯がある。 「望月さん、来てたんですか?」 いつもの明るい声。 「頼久君がコーヒーをご所望でいらっしゃる」 圭は理緒に、頼久のもてなしを命じた。
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