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「こんばんは」
午後6時30分。
仕事帰りなのかスーツ姿のままの男性がやってきた。
「あら、今日は早かったんですね」
私がそう言うと、男性は瞳を輝かせてにんまりと笑う。
おそらく私の倍近く生きてきただろう男性は、まるで子供のように瞳を爛々と輝かせながら、ピアノの前についた。
男性の弾くブルグミュラーの練習曲は、リズムとかタッチとかを指導できる代物では無かった。
まだ片手ずつしか出来ない彼の演奏は、技術的にはまだまだだ。
だが彼のピアノに対する情熱は申し分なく、教えているはずの私が教えられるような不思議な感覚に陥るほどだ。
彼はきっと今の……いや、どの時期の私よりも、ピアノを愛している。
そう、どの時期よりも。
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