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そこは暗く、狭く、不快な湿気を孕んだ空気が沈澱した場所だった。
あの時の事は今でも鮮明に思い起こすことが出来る。
私が、“奴隷”としてその人生が売られていた頃の、あの苦しい地獄のような日々――
「どうでぇ旦那、お安くしときますよぉ」
あの頃の私は、大凡今の私とは相容れない、荒み切った目をしていたのだろうと思う。
私はまだ幼く、5歳と云う年齢だったが何故だか自分が奴隷として扱われていると云う事実を理解できていた。そして、毎日馬鈴薯二つとカップ一杯の水で命を食い繋げていくと云う事が、いつからか当たり前の事だと思い始めていた。
「幼児に成人幅広く扱ってるよぅ、そこの兄さん、お一人どうだい?」
毎日同じ場所で檻に入れられ、同じ景色を眺めていた。
手を伸ばせば直ぐにでも届きそうな、檻の外に流れる自由と云う名の世界。でも、実際に手を伸ばす事は許されなかった。その鉄格子から手を出そうものなら、年齢も性別も一切関係なく、革の鞭で痛め付けられるからだ。
だから私達は、ただそこに佇んでいる事しか許されなかった。
「まったく、ちっとも売れやしねぇ……」
奴隷商人の馬鈴薯のような顔がこちらを向く。
私はその顔から目を逸らそうと、再び外の世界に目を向ける。
「!!」
それが目に入った刹那、恐らく私の双眸は限界まで見開かれたのだと思う。
「なんだぁ?」
だからあの時、奴隷商人は私の視線を辿ってしまったのだろう。
「こりゃあ……ぶったまげた……」
私達だけじゃない。多分、その場所に居た者全員の視線は、彼女に集中していたのだろう。
鮮やかな真紅のドレスに身を包み、私の瞳を真っ直ぐに見据える彼女の姿を。
その悲哀に満ちた、彼女の表情を――……
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